北軽井沢 虹の街 爽やかな風

「最後は緑豊かな自然の中で心豊かに暮らしたい」という妻に従う形で移住生活を始めた場所は、活火山浅間山北麓に位置する標高1100mを超える厳寒の地。 北軽井沢スウィートグラスというキャンプ場で働きながら最後の人生を謳歌している。一人の老人が経験する出来事をそのまま書き記していきたい。

2011年10月

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昨年11月のミステリーツアー「幻の滝と二度上駅舎の面影を訪ねて」が思い出される。
Aさんにはその時初めて会ったのだが、不思議と息が合い小柄な私はAさんのかげに隠れるようについて行ったのを思い出す。その時印象に残っているのは、森に入る前に一礼したAさんは、いきなり大声で「入りま~す!」と叫んだ。圧倒された私もつい同じように「入りま~す!」と叫び、「今のは何ですか?」と尋ねたら、山の神様にこれから入りますという挨拶をしたが、同時に獣たちにも今から人間が入るぞ、と知らせたのだという。
 
そしてこのたびのトレッキングでは、感心させられたことが3つある。その一つが爆竹で、しばらく進んだ後、このあたりでやりますからと取りだした爆竹を使用する。「パン、パン、パパン!」と鋭い音が炸裂し一瞬緊張したが、このあたりに熊が4匹生息していることが確認されているので、用心のため用意されたものだ。その後、もう少し進んでから再び爆竹を使用したが、後日、私のブログの彼のコメントが面白い。爆竹を持参したことを後悔しているというコメントは、爆竹を持参しなくても参加者の爆口があったのを忘れていたという。楽しい駄洒落を次々に出す仲間もいるが鋭い突っ込みやとぼけた発言はピカイチのAさんは、常に和やかな雰囲気を醸し出す人だ。
 
Aさんが用意したものの二つめはサスマタ。
刺又(さすまた)とは、相手の動きを封じ込める武具及び捕具。刺股、刺又とも書く。U字形の金具に2~3メートルの柄がついており、金具の部分で相手の首や腕などを壁や地面に押しつけて捕らえる。元々は江戸時代に作られた物で、暴れる犯罪者の動きを封じ込めるために捕り物用として使われたものだが、Aさんの物は丸い柄の先に二本の鉄棒が取り付けてあった。もしも熊に出くわした際、このサスマタでどうにかなるものかは分からないが、何も持たないよりもこれを持っているという安心感はあるに違いない。出発前に軽トラックにあったサスマタを指して「これを持ってきましたが、どうしましょうか」という彼に、私はすぐにそれを手に持ち、持っていくことにしたが、その後若いY君がすすんでロープとサスマタを持ってくれたのは助かった。
 
山葡萄採集は参加者の気持ちを和らげる効果があり、その後も何度か発見した山葡萄に歓声があがった。懐かしい二度上峠駅舎跡で休憩したが、私は着ていたセーターを脱いだ。かつてここを走っていた草軽鉄道に思いを馳せながら進むトレッキングは、廃線後50年という長い時間が経過しているため、その面影はあるとしても当時の様子を想像することは難しい。私はただ目に入る光景にうっとりとするばかりで、今ここにいてこの素晴らしい仲間達と自然を楽しめるという幸福を有難いと思った。森の向こうに見えるゴルフコースではプレイを楽しんでいる人々がいる。
ここでゴルフをしてみたいと思わないでもないが、昔、唯一の楽しみだったゴルフが自分の中からどんどん遠ざかっていくのを、悲しいとは思わなくなり、むしろ「もうゴルフはいいか」と笑っている自分に頬が緩む。
 
雲一つない最高のコンディションにみんなの足取りも軽く話し声は絶えない。空はどこまでも青く透き通り、時はゆったりと流れる。Aさんの案内に参加者の全員がすっかり安心しきっている様子が手に取るようにわかる。下見では鋸とナタを何度も使い、倒木を切り、邪魔な小枝を切り払う作業は容易ではなかった。後に続く私たちはほとんど何もしなかった。相当な体力を消耗されたことは明らかだったが、そんな気配を見せないAさんの頼もしさは心強かった。初めて会ってからまだ一年。不思議な縁だと思いながらAさんの後ろ姿を見ると、全てをゆだねても大丈夫のように感じ、嬉しさがこみ上げてくる。
 
倒木を跨ぎ、そしてある時は倒木の下をくぐる。背丈よりも高い藪の中を進みながら、足元に注意するよう呼びかける。しばらく行進を続け、いよいよ問題の場所に到着した。それは鉄橋の跡で石の橋脚だけが残されている。そこをいったん下り降りてまた登らなくてはならない。
妻を含む3人の女性は、踵をしっかりと踏ん張って踵から降りるようにというAさんの注意を聞いているのかどうか分からないが、第1の難所を難なくクリアしてしまい、ロープを使わなかったことに、Aさんと顔を見合わせて笑ってしまう。下見では、参加してくれたI君がここで少しだがビビッテしまったのが嘘のようだった。そして「スゴイね」と微笑むAさんに、私は「宇宙人3姉妹だから」と笑い返した。
 
谷間に降りたところでのランチタイムは楽しさも倍増だ。何といっても弁当の時間が楽しいのは子供だけではない。妻などは出発直後に弁当はどこで食べるの?と歩く前から言い出す始末だ。
同じ釜の飯を食う、という言葉があるが、同じ釜の飯でなくても、食事を一緒にするという行為はなぜか連帯感を強くし、より親密な間柄になったような気がするものだ。
ランチタイムにAさんが用意した3つ目のものが出された。何年か前にAさん自ら作ったという熊の肉の缶詰は、後のコメントで「熊の18」と書かれ、それは2×9=18すなわち肉という意味だと分かった。私もいただいてみたが、熊の肉というよりも何か懐かしい味であった。
熊が生息する場所で、缶詰めとはいえ熊の肉を食べるという、なんともユニークな試みにはまったく恐れ入ったのである。
 
続く
 
 

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10月29日は記念すべき日となった。15日に予定していたトレッキング「北軽井沢の秘境を行くアドベンチャートレッキング」は、あいにくの雨で順延となり、翌週の22日は私の別件の予定があったので29日という日を決めたが、それは独断と偏見の身勝手な決定だった。
しかし、22日は大雨が降り、29日はこれ以上はないと思われる絶好の天候に恵まれた。
日付が変わった為、2人の欠席者がでたが総勢10名の仲間が集まり、まさにこれぞ小春日和という雲一つない天候の中でスタート地点へと向かった。
 
先導するAさんの軽トラックに便乗した私は、待ちに待ったこの日の喜びをどのように表現していいか分からなかった。「この天気は何ですか?」と嬉しそうな笑顔を見せるAさんの横顔は、いつものおおらかに人を包みこむ暖かさを持っていた。ほっとするというか、心から安心できる瞬間だ。人と会ってこんな経験が出来る人はあまりいないのではないか、と思いながら二人の会話は一年前に溯り、不思議な出会いをお互いに喜んだ。
 
草軽鉄道・国境平から二度上峠を経由して栗平までの線路跡を歩くという夢のような企画がついに実行される。リュックを背負った仲間達の晴れ晴れしい笑顔は夢見る少年少女そのものだ。
40代、50代、60代という見事に揃ったメンバーの中には、私の妻を含めて3名の女性がいるが、3人とも足手まといという言葉は到底当てはまらない健脚の持ち主。歩き始めてしばらくすると山葡萄の蔓を発見。蔓を揺すりばらばらと落ちてくる山葡萄の房に歓声が上がる。
早くもトレッキングは中断し、山葡萄採集となる。やれやれ、この先どうなることかと思わせる展開になったが、F夫人が作るという山葡萄のワインがまた一つの楽しみになった。
(続く)
 

素晴らしい一日を終えようとしている。人生の楽しさそして喜びを感じるひとときを過ごした嬉しさでいっぱいだ。68歳はまだ若い、発展途上に違いないと思ったのは、決してアルコールのせいではない。うっとりと自分の幸せを感じることができるのは、他人の影響もさることながら自分自身の心のありようにその原因を見いだすことが出来る。人生は素晴らしい、今日もまたそう思った。詳細は明日書きたいと思っている。
今日一日、共に過ごした仲間に心よりありがとうと言いたい。
 
 

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今朝、いつものように窓越しに外にある温度計を見たが、目をこすってもう一度確かめる。
温度計の赤い液体の示している位置はマイナス2℃。予報では0℃だったが随分と冷え込んだようだ。通勤途中に見える白根山の奥に小さく見える山は雪を被っていた。一枚目の写真の右上によく見ると雪が見えるはずなのだが、iPod での撮影はズーム機能がないのでこういう場合は不便だ。キャンプ場では、洗い場の蛇口を少し開いて少量の水を出しっぱなしにしてあったというが、水の量が少なく下に落ちた水が逆つららの用に盛り上がっていた。施設の部屋に入ってもヒンヤリと空気が冷たい。しかし、今日は風がなく雲一つない晴天で昼間は暖かさを感じた。
Sさんは「運良く浅間の上に雲がなかった、あれば雪が降っただろう」と話していた。
いよいよ冬が近づいている。キャンプ場で働く初めての冬に備えて、防水の効いたあったかい靴を探している。
 
先日、Tさんからいただいた薪の木をチェーンソーで切り積み上げた。その量はちょうど一列で、2日もあれば薪割りは終わりそうだ。薪をそのまま積み上げていくと真ん中が高く両端が低い山の形になるが、両方に支えがあれば、まっすぐにたくさん積むことが出来る。車庫の西側にある木の間に薪を積み上げるとかなりの高さまでまっすぐに積み重ねることが出来た。そして、その隣に同じように積み上げることを思いつき、生木で柱や支えを作って2列目を積み上げる。針金で支えの木を固定しながら西側へと伸ばしたが、まるで家の増築工事のように次々に薪収納は進み、今度は南側にも同様に薪を積み上げた。この薪の上に雨や雪を防ぐ覆いを考えればいい。我ながらグッドアイディアであった。
 
紅葉も終わりとなり、家の周りや屋根の上は次から次へと落ち葉が落下してくる。キャンプ場と同様に我が家でも落ち葉との戦いが始まった。暖炉の炎には相変わらず癒されるが、最後の一本が完全に燃え尽きるまで見ていると燃えた木は少しずつ痩せていき、炎が出なくなると、しばらくはあったかく橙色をしているが、その後白い灰になりその温もりさえも徐々になくなっていく。
これからは毎日のようにこの炎のお世話になる。バイトから帰宅して玄関の戸を開くと、ぽわっとあったかい温もりが漂い、ほのかな木の燃える匂いが嬉しい。最近では暖炉に火をつけることが出来るようになった妻は、私が帰宅する1時間くらい前から暖炉を炊いてくれる。寒い冬、幸せを感じる一瞬である。
 
 

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毎日充実した一日を過ごしている。体調もよく、5月に体調をくずしたときに減らした体重も今はベストの52キロ代を維持している。ブログ記事にアップしたいことが多く、一日遅れの報告になりがちだ。昨日は買い物日。六里ヶ原の浅間山は、むくむくと湧き上がる白い雲に覆われていたが、いつもの青空とのマッチイングが見事。そして、麓の黄葉が美しい。
 
中軽井沢手前の千ヶ滝郵便局付近の紅葉は、紅葉のトンネルとなって毎年うっとりとさせられる。
週に一度の買い物は楽しい。週に一度同じ道を往復するのだが、毎週毎週変化する風景に驚きながらも心を癒される。まったく信じられないような優雅な生活に、頬をつねりたい気分だ。
 
帰宅後、キャンプ場仲間のSさんの情報で、五味子を採集するために竹籠を持って再び家を飛び出した。情報通り、同じ場所に完熟の五味子が鈴生りだった。あまり人通りのない場所なので、誰にも発見されなかったのだろう。来年も同じ場所に鈴生りとなるはずだ。妻の話では、最近プリンスランドで五味子を採集する人が多く、競争のようになっている。五味子酒はそんなに大量の五味子は必要ないが、毎年一瓶漬けるほどは欲しいと思っている。今年はそんな訳で、とれたときに漬けているので小さい瓶に3本漬けることができた。
 
自然の生り物は、毎年同じ日に見てもその成長の度合いは違う。木の実もキノコも同じ場所にある場合が多いが、その時期は異なり定かではない。毎日その場所を確認できればいいが、なかなかそうはいかない。いつもヤナギタケが出る場所に行ってみると、1本の柳の木に見事なヤナギタケを発見した。ヤナギタケやハナイグチというキノコはぬるっとしていて、はじめはちょっと気持ちが悪かったが、今では何ということはない。このぬめりが美味しいのだ。
 
10月も残り少なくなり、まさに晩秋である。ホテル1130付近の紅葉も見納めだ。ここでは10月末頃に一度雪が降ることが多い。そして、どこよりも早い冬がやって来る。
 
 

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