北軽井沢 虹の街 爽やかな風

「最後は緑豊かな自然の中で心豊かに暮らしたい」という妻に従う形で移住生活を始めた場所は、活火山浅間山北麓に位置する標高1100mを超える厳寒の地。 北軽井沢スウィートグラスというキャンプ場で働きながら最後の人生を謳歌している。一人の老人が経験する出来事をそのまま書き記していきたい。

2013年12月

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今年もいよいよ残り一週間、今日はクリスマスイブで世の中はにぎわっているに違いない。

私は、何度となく顔を合わせ、知り合いになった一組のカップルにスウィートグラスで再開し、本日家に招いた。近頃では還暦はまだ若い方に入る時代なので、還暦前のカップルを初老とは呼べないが、一昔前なら初老と言われてもいい年齢の二人は、雪の上のテントで5泊するという驚くべきバイタリティーを持っている。これからの人生に一つの夢を持ち、北軽井沢の自然を味わい、身の引き締まる寒さの中で空の色に感動する心を持つ、この青年カップルに私は大きな興味を持った。いつの日にか彼らの夢が実現し、そこで盃を酌み交わす日を私も一つの夢にしたい。

 

先日C#カフェにフランス人カップルを含む11人が集い、楽しいひと時を過ごした。

20代から最年長の70歳までの人々はすぐに溶け合い、私はポルフェノールの力でみるみる若返り、その口はいつものようになめらかに滑り始めとどまるところを知らない。

「人は生きてきたようにしか死ねない」という名言があり、「その人の性格はその人の人生」とも言う。まさにその通りであるが、私はこれから先どこに行くのだろう。こんなに楽しくていいのだろうか?と、最近ふと思うことがある。

 

雪景色の中、最近我が家にやってきた鹿が出迎えてくれるようになり、ほほえましい限りだが、この鹿、時折角の形が変わることがある。だれか、この近くの形のいい枝を探して角を取り換える者がいるらしい。12月になって3か所のエサ台にヒマワリの種を置いているが、例年通り小鳥たちに混じってリスがやってくる。最近知ったスマホのカメラをズームで撮ってみた。久しぶりの3連休、年末年始の繁忙期を前にしてよき休養日となりそうだ。そして終日氷点下の真冬日が続き、昨日はマイナス12℃とついにマイナス二桁に突入した。それでも静かな冬の夜は暖炉の炎に心癒されるのである。

 
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いつの間にか今年も残り少なくなっているが、今朝は昨日からの雪で20センチの積雪があり、雪掻きで久々に汗をかいた。すっかり裸木となった森の木々にたくさんの白い妖精がやってきたような雪景色は、やはり感動ものだ。誰も歩いていないふわふわの白い道を歩くのは楽しい。気温も雪が降るときは意外に高く、今朝のマイナス4℃はずいぶん暖かく感じたのだった。人生70年も生きていると、様々なトラブルを経験するものだ。誰もみな経験がある一番身近なトラブルは、例の「犬も食わない」と言われているあれであるが、それに関しては幸い大きな問題は発生していない。それは、ここでの生活が未経験なことが多く、特に冬の過ごし方などは二人で協力しあわなくてならないことが多い、という事情が大いに影響していると思われる。トラブルの中でも人間関係のトラブルは厄介である。犬も食わないこのトラブルも人間関係の一つに違いないが、まあ夫婦間の問題なのでよほどのことがない限りいつの間にか静かに収まってしまうという不思議なトラブルでもあるのだが。この地に移り住んで人間関係の大きなトラブルがなかったことはまったくラッキーであった。これからもストレスを感じるようなトラブルがないことを祈っている。

 

私にとって今年2013年は記念すべき年であった。何といっても70歳(古稀)を迎え、子供たちに祝ってもらったこと、またブログ友達やスウィートグラスの仲間からも心温まる祝福を受けたことは忘れられない思い出となった。そして今、自分が70歳だということがまだ信じられないでいる。人生50年と言われた時代から人生80年と言われるようになり、今では100年とも言われている。ある説によると人間は120まで生きる能力があるというが、それは無理としても人生100までと仮定すると、もうすぐその四分の三を費やすことになるが、どうもまだピンとこないという鈍さが私の幸せ感を膨らませているようだ。さて、そろそろトラブルの本題にはいることにしよう。今年の記念すべき出来事の一つにパソコンとプリンターの買い替え、携帯電話をスマートフォンにしたことがある。そして数々のトラブルに巻き込まれている。Windows8は、今までのXPとは別物のような変わり具合で戸惑ったが、何とかここまで過ごしていた。そして、待望のWindows8.1にバージョンアップしたのが原因でプリンターでプリントできないというトラブルが起こった。そしてブログに写真がアップできないという重大なトラブルが発生した。娘に相談したところWindows8.1の標準ブラウザーであるインターネットエクスプローラー11にはいろいろと不具合が出ているという。娘のアドバイスを受けブラウザーをFireFoxに変更し、写真アップの問題は解決したが、プリントできないという問題はメーカーに連絡し、すったもんだの結果無事解決したのだった。何とも厄介なことであった。

 

自然の中で生活しながらもパソコンやスマートフォンで様々な情報と接し、思いもかけない便利さを享受している。しかも30分車を走らせれば軽井沢まで行き、そこで新幹線にのれば1時間で東京に着く。大自然の中で生き、東京まで日帰りできるという贅沢な場所にいるという、ここは信じられないような夢の楽園に違いない。この楽園で過ごす人生の後半にトラブルの少ないことを願って、2013年の残り少ない時を過ごしている。

 
 

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太陽、風、雨、夏、冬――――こういった「自然」の筆舌につくしがたいけがれのなさと恵み深さが、永遠に大いなる健康と歓びを与えてくれる!彼らは人類に深い共感をいだいているので、だれかがもっともな理由で嘆き悲しむと、自然界のすべてがその感化を受けてしまい、太陽は輝きを失い、風は人間のようにため息をつき、雲は涙の雨を降らせ、森は真夏でも葉を脱ぎ捨てて喪服をまとうだろう。私は大地と理解しあえるのではあるまいか?私自身、からだの一部は葉っぱであり、植物の腐植土なのではあるまいか?人間をいつも元気に、晴れやかに、満ち足りた気分にさせてくれる妙薬とはなんだろう?それはわれわれのひいおじいさんがくれる薬ではなく、ひいおばあさんの「自然」がくれるよう、な、普遍的で植物的な野生種の薬である。この薬のおかげで、彼女はいつまでも若々しく、パー老人のようなむかしの長寿者たちよりも長生きしたのであり、彼らの朽ちてゆく脂肪分で自分の健康を養うことができたのだ。さて、私の愛用する万能薬について言えば、三途の川アケロンの水に死海の水をまぜあわせてつくったいかさま調合薬の瓶が、よくその運搬に使われている、細長くて底の浅い黒塗りのスクーナーそっくりの荷馬車のなかからものものしく取り出されたりしているが、私はああいったものには目もくれず、薄められていない朝の大気をいっぱい吸いこむことにしている。朝の大気!もしひとびとが一日の水源でこれを飲まないようなら、この世の朝の時間への予約入場券をなくしてしまったひとびとのために、われわれはぜひ瓶詰にして店で売ってやらなくてはならない。ただし、朝の大気はどんなに低温の地下室に入れておいても昼どきまではもたず、そのずっと前に栓を押しあけて暁の女神アウロラのあとを追い、西の方へ行ってしまうものだということを忘れないでほしい。あの年老いた薬草の神アスクレピオスの娘で、片手にヘビを、他方の手にときどきそのヘビに飲ませる薬液の入った盃を握った姿で記念碑などに刻まれている、健康の女神ヒュギエイアを、私は決して崇拝したりはしない。私が崇めるのは、ユピテルの盃を捧げもち、神々と人間に青春の活力をよみがえらせる力をもつ、ユノと野生の。レタスの娘、青春の女神ヘベである。彼女こそ、かつてこの地球上を歩んだ娘たちの中で、おそらく完全無欠な肉体と健康とたくましさをそなえた、ただひとりの娘であったろう。彼女があらわれると、いつでも春がやってきたのだ。
 
ソロー著「森の生活」の「孤独」にある一部を紹介したが、これは私が吸い込まれるように読み進んだ箇所である。気温が終日氷点下という真冬日が続いているが、ここでもすがすがしい朝の大気は何物にも代えがたい。ブルッと震える冷たさの小気味よさは、本州で最も気温の低い地であるここでなくては味わえない贅沢な気分なのだ。先日来二日ほど雪かきが続いたが、雪かきのスコップの音をしり目に、悠々と餌を食べるリスや、チイチイと歓びの歌を歌いながら飛び回る小鳥たちに囲まれて、ついこちらも鼻歌が出てくる始末だ。冷たい風の中では耳当てのついた帽子が活躍する。手首まですっぽりと隠れる手袋も寒冷地ならではの代物に違いない。マイナス30度も大丈夫という長靴に足も守られている。すっかり葉を落とした芸術品のような木々がうっそうと茂るなかで暮らす森の生活は、孤独という贅沢な喜びを与えてくれ、ソローも言っているように永遠に大いなる健康と歓びを与えてくれる。なんという素晴らしい人生か!寒い冬よありがとう!

 
 

 
最終18番(パー3)。ラフから残り10ヤードの第3打はグリーン上で1、2回バウンドするとカップに消えた。宮里優はガッツポーズをしたと思ったら、膝から崩れ落ちた。そのまま立ち上がらず、下を向いたまま男泣きした。劇的な幕切れであった。
ゴルフ日本シリーズJTカップは今季ツアー最終戦。「まさか入るとは。腰が抜けて一歩も足が出なかった」。苦節12年目の初優勝が一瞬にして33歳の重荷を解いたのだろう。
 
男泣きしたことはあるか?長い人生の一瞬かもしれないが、私は、何度か経験がある。宮里優が初優勝した記事を読んで、私はなぜか現在勤務する北軽井沢スウィートグラスのことを思った。20年前、何もない原っぱに木を植え続けたオーナーのことが頭に浮かんだのだ。植えた木があくる年にすべて枯れてしまったときもあったと聞く。どれほど残念だったか想像できる。しかし、現在では47の宿泊施設を有し、180組のキャンパーを受け入れるまでになり、しかも、全施設に薪ストーブを設置、ホワイトシーズンと命名した冬も営業するという日本では例のないキャンプ場に成長した。
 
その昔、この辺りは薪と炭の産地として1000人以上の人たちが働いていたという。その後石油、ガスの出現とともに徐々に姿を消していき、その結果、山や森は荒れはてた。スウィートグラスにある薪ストーブを数えてみると、なんと62基。オーナーの話を聞くと、ここで消費される薪は300トンを超えるという。ここにはまだ薪を生産する人たちが残っていて、毎年薪が消費されれば、薪産業も復活し、森も山も蘇るだろうという希望に満ちたオーナーの語り口を聞いていると心地いい。
 
厳寒の地北軽井沢では通年営業が難しい。キャンプといえばだれも夏と思うに違いない。雪の上にテントを見たとき、私も仰天した。古い別荘を蘇らせたルオムの森にも多くの人が訪れるようになった。単なる商売を超えて地域の発展と日本人魂をこの地で育んでいき、
自然の中で数々の提案を企てるオーナーの夢は、どうやらもっと大きく膨らんでいるらしい。薪を運ぶ若いスタッフの目も輝いている中で、私のような高齢者がその仲間の一員としてここにいられることは、最高の幸せに違いない。
 
男泣き。もう私には関係がなくなった言葉だが、最近は老齢のため、ただ涙腺が緩んで、似たような現象が頻繁に起こるのである。
 
 

12月になり早くも一週間が過ぎ去っていく。朝の気温は毎日氷点下となっているが、11月13日に初雪が降って以来雪らしい気配はない。ネットで見る天気予報にはしばしば雪だるまの姿が出るのだが、現在までは見事にハズレである。先日、職場での話だが、この時期になると牧草地から例の匂いが漂い、多くの同僚は顔をしかめる。同僚の一人で地元に住むSさんは、長年この地で生活しているので、山菜やキノコ、森の木々などにとても詳しい人で、私はわからないことはいつも彼に尋ねている。そのSさんは、牧草地から運ばれてくる匂いを「シクラメンの香りだね」と言って笑う。私も思わずにっこり、「シクラメンはこんな匂いですか?」と、顔を見合わせて笑う。地元の人たちは「田舎の香水」と言って嫌がるが、ものは考えようである。どうしても避けられないものは楽しむしかないのだ。
 
そして新聞を見ていて「シクラメン」の文字が目にとまった。シクラメンの美しさを競う全国花卉品評会鉢部門が東京都内で開かれ、群馬県産のシクラメンが最高賞の1席と、2席をダブル受賞したという。全国から316点が出品された中から選ばれた1席はミニシクラメン「ウインク」。2席はシクラメン「ピアス」だという。ともにシクラメンのイメージ湧いてくるかわいらしい名前である。群馬県の昨年のシクラメン出荷量は76万6000鉢で全国9位。今、出荷のピークを迎えている。
 
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