北軽井沢 虹の街 爽やかな風

「最後は緑豊かな自然の中で心豊かに暮らしたい」という妻に従う形で移住生活を始めた場所は、活火山浅間山北麓に位置する標高1100mを超える厳寒の地。 北軽井沢スウィートグラスというキャンプ場で働きながら最後の人生を謳歌している。一人の老人が経験する出来事をそのまま書き記していきたい。

2014年02月

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通勤途中の風景は相変わらず雪の壁に阻まれている。しかし、道路幅は広がり、狭いところでも離合できるようところどころ広いスペースが作られ、最悪の状態はなくなった。

道中、知人の山荘の前を通るが、誰も来ない建物の周りは、これでは泥棒も進入できまいと思われるほど一段と雪の壁が高い。前方からくる車を広い場所で待ったり、逆に待ってもらったりしながら、幾分普段より時間がかかる。離合するとき、お互いに手をあげたり、会釈したり、軽くクラクションを鳴らしたり、感謝の意を表すが、その時、明るい笑顔があればまた一段と雰囲気は向上するのである。

 

辛口で有名な作家・曽野綾子の新聞のコラムに時折高齢者へのメッセージが書かれている。

自分が若いと、高齢者批判は、純粋に悪口にしか聞こえないが、私自身が批判を受ける対象群に入っていると、ことは少し面白くなる、という書き出しで始まるコラムで、彼女は最近体調を崩し落ち込んでいたという。その間、病人であろうと老人であろうと、暗い顔をして機嫌が悪いということは、社会や家庭において純粋の悪だということを実感したと言い、世間には病人なら仕方ない、歳をとったら口もきかず仏頂面をしていても当然という、一種の優しさがあるが、高齢化社会で、そんなに機嫌の悪い人がたくさん世間にいられたらたまらない、というのが私の素朴な実感だと語る。そして、まだぼけないうちに、高齢者には高齢を生きる技術として、他者の存在に深く配慮できる人であり続けるような老人学も教えた方がいいだろう。とにかく老人は隠居だけしていればいいのではない。老人にも任務がある。心の内面や肉体には苦痛も出るかもしれないが、無理をしても明るく感謝を続けることだと教えなければ、今の高齢者の尊厳は否応なく失われる、とくくっている。

 

すれ違いざまにチラッと見える対向車の顔は、仏頂面よりも明るい顔のほうが心安らぐに違いないが、その明るい顔に微笑みを加えた笑顔なら、その効果は倍増するだろう。

 
 

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大雪の影響で道路の道幅は依然として狭く、路面の状態もところどころで雪が盛り上がり車の運転には気を遣う日が続いている。そんな中、今日は軽井沢ツルヤへ買い物に出かけた。有料道路はさすがに除雪が行き届いていてほとんど白い雪は見えない。両サイドもまっすぐに雪の壁ができ、見ても気持ちの良い状態だった。国道146号も問題なく、周りの雪は多いけれどほとんど普通の日と変わらないと思っていたが、中軽井沢の18号線からツルヤへ向かって左折すると道路状況は一変した。でこぼこの雪道となり道幅も狭まり、スリップの連続だ。しばらく進むと、新幹線のガード下で「除雪作業のため通行止め」の標識があり右折して18号バイパスに出ることとなった。その途中も両サイドは高い雪の壁で景色が見えないほどだ。初めて通る道だったが、18号バイパスのケイヨーデイツーの前に出た。そしてツルヤへ到着したが、ツルヤの駐車場にも大きな雪の山がたくさんあった。

さて、問題の買い物だが、玉ねぎとか商品の一部に品不足や欠品はあったものの、ほとんど普通通りの品ぞろえだったので、妻と二人でほっとしたのだった。しかも価格も普段通りでむしろいつもより安いものさえあった。たとえばホウレンソウは嬬恋村のスーパーでは198円の値札がついていたが98円という安さである。ほっとしたどころか妻は、もう感激したと言って驚いていた。かくして私たちは無事一週間分の食料を難なく手に入れることができた。

 

帰宅すると郵便ポストに新聞と郵便物が届いていた。郵便物の中身は「天然湯の花」で熨斗がついていた。それには陣中御見舞とあり、送り主はあの有名なヨシという人物だ。

話はちょっとそれるが、昨日仕事から帰ると、玄関先に雪掻きスコップとアルミ製のスコップが置いてあった。私のブログを見て誰かが持ってきてくれたものだとすぐにわかったが、妻は東京電力の人が検針に来て忘れたのではないかと、奇妙な推測をする。雪掻きスコップはどこに行っても今では手に入らないということは、誰でも知っている。ブログでスコップの柄が折れてしまったことを知っている人で、心当たりは何人かいた。心当たりの何人かに電話して持ってきてくれた人は判明したが、まったく感謝感激である。そして、今日は陣中見舞いの湯の花だ。大匙二杯で乳白色のミネラル豊富な濁り湯となり、家庭で温泉気分が味わえ、この一袋で約20回分あるという。

 

私たちの周りには、いざというときに頼りになる人々がたくさんいる。ここ数日間は、勤務先の同僚が4駆の車で送り迎えをしてくれた。そして、スコップも湯の花も感謝感激だ。

午後はさっそくそのスコップで床下への入口がある家の西側を攻略し、あと残るはデッキの上だけとなった。朝の気温は相変わらず氷点下15℃前後で厳しい寒さが続いている。

厳寒の地で暮らしていても、私たちにはこのようなほっこりと暖かい仲間や同僚でいっぱいだ。いつの間にか高齢者と呼ばれるようになった私たちだが、なんとも幸せな人生である。感謝、感謝、ありがとうございます。

 

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昨日、スウィートグラスより連絡が入り、今日は臨時休業となり全員休みとなった。

大雪による交通マヒで来場者もないのだろう。大雪の前日に宿泊した客も、昨日やっと帰路に着いた。千葉へ帰ると言っていたが無事たどり着いたか心配である。

休日は身体を休めろということと、この大雪でそれぞれの家の仕事もあるだろうという配慮とおもわれるが、私にはまだやることが残っている。プロパンガスの場所まで雪掻きをしなければならないのだ。実のところもううんざりなのだが、そうも言っていられない。朝から気合を入れてまた雪の壁に挑んだ。玄関前から東側にまわり最初の薪ラックの裏側にプロパン置き場がある。今まで同様雪を跳ね上げる作業の連続だが、根気よく丁寧にやることが結局作業を順調に進めることになる。今日は天気が良く気温もさほど寒くない。

明るい日差しの中で作業は順調に進み、昼前にはプロパンガスを掘り出すことに成功した。

 

そしてランチ後の午後、今度は薪置場までの雪掻きにとりかかった。雪に埋もれた薪置場まではさほど距離はないのだが、相変わらず跳ね上げる場所が高い。雪かきスコップも何やらグラグラしてきたと思っていたが、薪置場にやっとたどり着いたころ、ついに力尽きてポキリと柄が折れた。「なんとだらしないヤローだ」と思ったが、まあこの辺で温泉にでも行って来いということかと考え直し、近くのホテル1130に向かった。道中では、相変わらず道幅が狭く、離合には苦労する。そしてホテルに着くとこの大雪で臨時休館だという。いろいろと考えが頭の中をぐるぐると巡る。道路の状況が悪いので遠くには行きたくなかったが、つつじの湯へ行くことに決めた。そして帰路、ダメとは思ったがコメリに寄ってみた。しかし、やはり予想通り雪掻きスコップはすべて売り切れだった。

 

この大雪では各地で大きな被害となり、交通マヒによる弊害も出ている。我が家では、ついに力尽きて折れたのは、私ではなく雪掻きスコップだったという、お粗末なお話である。そしてまた明日からは、スウィートグラスでの除雪作業は続く。

 

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愛車救出作戦から一夜明けて外へ出てみると、道路はすっきりとひらけて天気も晴で辺り一面の白い雪が眩しい。2駆では危ないと言って社員のTさんが迎えに来てくれたが、道中の道幅は狭く、両脇は除雪された雪が壁になり迫っている。

さて、北軽井沢のコンビニ・セーブオンに向かったけれど、予想通り弁当もおにぎりもパンも棚から姿を消していた。店員の女性は「何にもありません」と言いながら、笑っている。3年前の東北大震災の時も、またずいぶん古い話になるがあの第一次石油ショックの時も、いろいろなものが一瞬にしてこの世から消えてしまったことを思い出すが、この度は大雪のため各地で道路が通行止めとなり、物流がダメージを受けたためであり、品物がないわけではない。品物はあるが配送できないというまったく歯がゆい事情なのだ。

聞くところによると、ガソリンも灯油も届かないので販売制限が始まったという。

NHKのニュースでは、軽井沢から小諸までの国道18号線の渋滞や、碓氷峠の混乱を何度も流している。今週の買い物日までに、この交通渋滞や高速道路の通行止めが解除になるか心配であるが、水曜日あたりにまた雪が降るという。さてどうなることやら?



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大雪のためキャンプ場は臨時休業となった。これは愛車救出作戦のチャンスを与えられたに違いない。まずは道路の雪をやっつけなければ車を覆っている雪のやり場がない。道路は昨日の朝除雪車が通過した後にたんまりと雪が降り膝が埋まるほどの積雪がある。昨日と同じ作業は根気よく続く。家から見て向かい側の森の前は雪の壁が高くできている。その上に雪を放り投げる作業は、左腕にわずかながら筋肉痛が出始める。「お昼ですよ~」と妻が呼ぶ頃にタイミングよく車庫の前は雪かきが終わり、広々としたスペースができた。

 

午後からはいよいよ埋もれた愛車を掘り出す作業となったが、妻も手伝うという。私が車の雪を道路に放り投げると妻がミニダンプスコップで隅にスライドしていく。周りに雪がなくなると車の上の雪の高さがまるで3階建てのように高く見え、その形はあのスフインクスのようだ。徐々に車の姿が現れると妻は「エンジンかかるかしら?」と不安な様子だ。

そしてフロントガラスががりがりに凍っているのも不安に拍車をかけたようだ。しかし、エンジンは一発でかかりその不安もすっかり吹っ飛んだ様子。

屋根の雪だけを残し、後輪がすべて姿を現したタイミングで、車を前に移動すると、屋根の雪は見事に後ろに落下し、雪のないすっきりとした車の形が現れた。

 

前橋でも73センチを記録しここ120年前から記録がないというほどの大雪は、各地で様々な被害を出し、犠牲者も出ている。思いがけない大雪に遭遇した私たちは、汗をかきながら「またとないいい経験をしたね」と顔を見合わせ、協力しながら車を掘り出した成果に満足したのだった。そして暗くなった午後7時前、タイミングよく除雪車がやってきた。プリンスランドにある2台の除雪車は夜を徹して作業にあたっているという。積雪の高さが半端ではないのでその作業もはかどらないことだろう。我が家の前を何度も往復しながらきれいに雪はなくなった。あれだけの雪の量があっという間である。恐るべき機械の力を目の当たりにしたが、一日中スコップで戦った人間の人力も決して捨てたものではないのである。かくして冷凍保存されていた愛車は無事解凍された。そして明日はまた、キャンプ場での雪掻きが待っている。静かな夜、赤々と燃える炎が美しい。

 
 
 

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