北軽井沢 虹の街 爽やかな風

「最後は緑豊かな自然の中で心豊かに暮らしたい」という妻に従う形で移住生活を始めた場所は、活火山浅間山北麓に位置する標高1100mを超える厳寒の地。 北軽井沢スウィートグラスというキャンプ場で働きながら最後の人生を謳歌している。一人の老人が経験する出来事をそのまま書き記していきたい。

2016年02月

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太陽暦で1年が366日ある年、2月29日(閏日)のある年のことをいう。

漢字では「閏年」と書き、「うるうどし」または「じゅんねん」と読む。

太陽暦と地球の自転速度とのずれを修正するため、4年に1度設けられる。

うるう年は、夏期オリンピックが行われる年と一致している。

閏年でない年は「平年」と呼ぶ。

 

今日は2月29日、平年よりも1日多い。儲けた、と思うかはその人次第であるが、ニュースを見ていたら、1年365日休まず営業しているパン屋さんがあって、その店は4年に一度、1日多い2月29日を休業するという。

 

今朝は濃い霧の中を出勤した。北軽井沢スウィートグラスは、明日から10日まで完全休業になる。その間、私たちは施設のメンテナンス作業を行う。

写真は、施設改造用の材料を塗装している様子。

 

昼前から雨になったが、3時ころから雪に変わり、辺りは少し白くなった。

今夜どれくらい降るかわからないが、今年の冬はまだ2~3回しか雪掻きをしていない。

そろそろあってもいいかな?と思っている。

 
 

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今朝、出がけに「カレーのルーを買い忘れたので、コンビニで買ってきて」と妻にたのまれた。帰りだと忘れる可能性が高いので、出勤する前にセーブオンへ向かった。

妻から手渡されたメモには、バーモントカレー辛口と書いてあったが、探してもない。

目に留まったのは「ボンカレー辛口」。同じ辛口だからこれでもいいか、とボンカレーを買い求めた。

 

仕事を終えて帰宅するとき、昨日お世話になったタケさんと駐車場まで一緒に歩きながら

カレーの話をすると。「ボンカレーはルーではないよ」という。車内に置いていた品を見せると、まったく、レンジでおいしい、フタを開けて箱ごと1分40秒なんて書いてあるではないか。つまり温めてご飯にかけてカレーライスの出来上がりなのだ。ルーではない。

タケさんは、ニタニタ笑っていた。私は、今度はセブンイレブンへ向かい、店員にカレーのルーをください、とお願いした。バーモントカレーはあったが、中辛だった。

まあルーならいいか、とそれを買って帰った。

 

妻には中辛しかなかったよ、と言ってOKをもらった。

ボンカレーは、いつの日か一人の時、カレーライスにしよう。

 
 

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昨夜の前夜祭も賑わったらしいが、今日からホワイトフェスタが始まった。

同僚のタケさんに送迎を以来すると二つ返事でOKがでた。午後6時頃から二人で会場を訪れた。屋外ではフィンランド風たき火が何か所かで焚かれ、子供たちが喜ぶ催しが企画されていたようだ。そしてイベントハウスでは特大の薪ストーブがあり、バーカウンターで女性スタッフが働いていた。私はオレンジ、ザクロ、アップル、キウイ、トマトの5種類にジンの入った飲み物をそれぞれ一杯ずつ飲んだが酔わない。しかしとても美味かった。

しばらくしてステージではトークショウが始まった。フィンランドに6年滞在していたルオムの女性スタッフと2名の写真家にハンターでもある若い女性スタッフの4名の話を熱心に聞き入る人たちの目が輝いていた。私は、訪れていた他の同僚ともおしゃべりをして楽しいひと時を過ごした。

 
 

28年も前の話なので、爽太の記憶力もやはり少々前後が怪しくなっている。というのは、この話が最初の年の2008年か翌年の2009年か定かでないのだ。

どちらにしても季節は秋。爽太は千恵子とドライブに出かけた。有料道路のチケットを手に入れて初めて行った万座ハイウエイに再び向かったのだ。

「この山がすべて紅葉するのが見てみたい」と言っていた千恵子の胸は躍っていた。

料金所を過ぎるころから徐々に紅葉した山々が見え始め、次のカーブを曲がったところから目の前に現れた一面の紅葉に二人は思わず叫んだ。「うわ~・・スゴイ!」爽太は、これが紅葉か、と眼をみはった。そしてできることなら車を止めたかったが、後続車がいたのでしばらくそのまま進んで、車を止められるところまで走った。左側に広いスペースがあり見晴らしの良い場所があった。目の前に広がる山々の紅葉は、想像を絶するものだった。

山の色がこれほど変化するとは、今までにも何度も紅葉を見てきたに違いない爽太は、その時初めて紅葉の素晴らしさを体感したのだった。しかも振り返ると遠くに浅間山がそびえている。二人はしばらくこの自然の中に身を置いた。千恵子は両手をひろげ深呼吸をしながら「空気がおいしい」とつぶやく。

 

万座温泉を通り過ぎ、いよいよ国道292号へ出た。前回はここから右折して草津温泉へと向かったが、今度は左折して志賀高原方向へと向かった。標高が高い為、大きな高い木はほとんどなく、はげ山のような形がそのまま紅葉している風景は初めてみる。爽太は、その自然の美しさにあっけにとられてしまった。国道292号は日本で一番標高が高い位置を走っている。この道路は群馬県吾妻郡長野原町を起点とし、長野県を経て新潟県新井市に至る延長113キロの路線で、上信越高原国立公園を縦貫し、群馬県、長野県、新潟県の地域を相互に結び地域の生活、産業、観光を支えている重要な路線だ。そして群馬県と長野県との県境付近に「日本国道最高地点」の石碑がある。ちなみにその標高は2172mだ。そこからは眼下に草津温泉が見えるが、ぐるりと見回すと山々に囲まれて風も強い。標高が高い為、冬になると積雪が多く例年11月初頭から翌年4月下旬まで冬季閉鎖となり、峠周辺はスキー場に姿を変える。従って、冬は草津方面からはここへはくることができない。

 

さすがに千恵子もここへは来たことがないという。初めてみる景色に二人は興奮冷めやらぬまま志賀高原へと進んだ。志賀高原にはたくさんのスキー場があり千恵子が行ったことのある丸池スキー場はそのうちの一つだ。丸池まで車を進めたが千恵子は当時の様子に記憶がよみがえることはなかった。爽太にとっても初めての場所なので、この辺りで引き返すことにした。そして群馬県に入ってしばらくすると広々とした草原のような場所があり、思わず「止めて」と叫ぶ千恵子の声に爽太はブレーキを踏んだ。

ドアを開けて外へ出た千恵子は、しばらく下を見ながら歩いていた。爽太は車のそばでそれを見ながら気持ちのいい景色に見とれていたが、「ビニール袋!ビニール袋を持ってきて!早く!」という千恵子の声にはじかれたように車内のビニール袋を探した。

ビニール袋を持って千恵子に近づくと「見て!これブルーベリーよ、ブルーベリー!」。

自然の中に育ったブルーベリーの木がそこにはたくさんあるという千恵子は興奮していた。

爽太はもちろんブルーベリーの木など見たこともなく、どれどれと身をかがめて低い木を覗いてみた。それらしき実がポツリポツリと見える。千恵子はそれを一つ口に含み、間違いないと断定する。もう時期が過ぎていたのかそれほどたくさんはなかったが、こんなところでブルーベリーを見つけるなんて、と驚きと喜びにはしゃぐ千恵子。幸運にもその時、誰もいなかったのが幸いだった、ということが後になってわかった時、二人は思わず顔を見合わせてしまったのだった。ここにはいつも監視員がいて、もしも見つかっていたら大変なことになっていたのだ。以来、当分の間この話は「ビニール袋事件」と名付けてことあるごとに話題にして笑ったものだった。

 
 

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嬬恋村では65歳になると100円で温泉に入れるという話は何度もしているが、私は自宅の風呂へ入ったことがない。つつじの湯、ホテル1130、グリーンプラザホテルの3か所が私の風呂になっている。いずれもタオル1本持って行くだけだ。

なんとも贅沢なことよ。

ここでの生活で今一番の楽しみになっている温泉の入り方が最近固定されてきた。

つつじの湯の場合は、まずゆっくりと湯船につかり、冷泉へ1分。それを2度繰り返してから岩盤浴で昼寝。これは30分の時があったり40分だったり、その時の体のコンディションによる。その後身体を洗ってから露天風呂へ行く。そこであちこち眺めながら、いろいろなことを考えたりぼやっとしたり、とにかくゆっくりとくつろぐ。

1130鬼押し温泉の場合も最初湯船で温もり水風呂1分を二度繰り返す。そして水風呂の淵へ腰かけて壁にもたれかかって足を投げ出し5~6分休む。それからサウナへ10分。

水風呂1分、時間があればもう一度サウナへ。それから身体を洗って最後に露天風呂。

1時間半から2時間、温泉で過ごしぼやっとするのが楽しい。

これはもう完全に老人の姿に違いないのである。

 
 
 

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