北軽井沢 虹の街 爽やかな風

「最後は緑豊かな自然の中で心豊かに暮らしたい」という妻に従う形で移住生活を始めた場所は、活火山浅間山北麓に位置する標高1100mを超える厳寒の地。 北軽井沢スウィートグラスというキャンプ場で働きながら最後の人生を謳歌している。一人の老人が経験する出来事をそのまま書き記していきたい。

2017年05月

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以前にも書いたことがあるが、私のブログは、その日撮った写真からヒントを得て書き綴っていることが多い。しかし、今日はスマホの誤操作で多くの写真を消去してしまったので写真がない。階下に降りてテーブルを見ると、明日の朝食の準備が整えられ、花が飾ってあったので、それを掲載した。したがって記事も先ほどまで考えていたものとは違ってきた。

 

「貧乏な人とは、少ししか物を持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」と言った世界一貧しい大統領といわれたウルグアイ前大統領・ホセ・ムヒカの言葉を紹介したい。これは一年前の文芸春秋に掲載された「日本人への警告」の中の一部で、「成長を求めるな、幸せを求めよ」のサブタイトルが付いている。

年をとるのは素晴らしく美しいことだという80歳のホセ・ムヒカは、「老いる」ということを次のように語っている。

 

「変わるものだけが生き延びられる。生きることはすなわち変わることだ。これは何を意味するのか。人生にはいろんな年代のステージというものがある。そのステージによっていろいろ見方とかあり方というのが変わっていく。自分が年老いているにもかかわらず、若者のようになりたいともし望んだとすれば、そこにあるのは苦しみだけだ。年齢に応じてその時の人生の目的、あるいはするべきことは変わっていく。年老いてもできることはある。年老いても役に立つことがある。老いているからこそ若い人には代えがたいものがある。社会がずっと蓄えてきた英知を持つ人間になることもできる。老人の役割は、自分の中に蓄積されたその英知を若い人に向けて発信するということだ。」

 

私の70代のステージは、とても充実したものになっているが、元気で80代のステージにたてれば、また何か変化があるかもしれない。同世代の訃報を耳にすることが多くなった今、やはり健康に気を付けながら80代のステージに進みたいと願う。

 
 
 

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今日も気持ちのいい朝を迎えた。日が当たると先日からエゾハルゼミが鳴いている。

合唱するように小鳥たちのさえずりも混ざる。遠くでカッコーが鳴くといつの間にかホトトギスが鳴いているのを聞く。強い陽射しは緑の中で木漏れ日となり柔らかく抱きしめてくれる。こんな中に住む幸せをじっと感じながら出勤前のひと時を過ごす。

ハンドルを握ってふと思いつき、イワカガミが群生している場所へ向かった。この辺りは浅間山の噴火で大きな岩がそこかしこに点在しているが、この場所は岩の上にイワカガミが群生していてそれは見事だ。岩から大きな木が生えている場所もたくさんあるけれど、ちいさなイワカガミはそのほかの草に混じってたくさん花を咲かせていた。

写真ではその迫力が伝わらないのが残念だ。

 

いつものスウィートグラスで見る浅間山は春霞みの中でぼやけている。平日のテントサイトには数組のテントがあったが、黄色いルノーが目に留まった。何度か見たことがあるので常連さんに違いない。

帰路、駐車場への通路で白いツツジが咲いていた。

先日から使っている活動量計、今日は車での移動が多かったので歩数は6300歩(64分)、総消費カロリーは1936kcal、活動エネルギー量695kcal




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右上に白い花が確認できる。

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五月晴れが続き、緑は一層映えわたる。県道235号で見る大好きな桜は、スウィートグラスにも咲いている。この花で桜は見納めになる。朴の木に葉が付き始めて何日になったろうか。高い木の上に白い花のつぼみを発見した。広島の友人に頼まれている朴の葉は、今度の休日に採集するつもりだ。

 

仕事から帰って着替えていると、突然ロクさん夫妻がやってきた。ロクさんにはいつも驚かされる。この二人が来ると家人は機関銃のようにしゃべり始めるからこれもちょっと不思議。珍しいトマトを一箱おいて帰って行く二人に手を振って・・・・まるで嵐が去った後のような静けさに戻った。

私と同い年のロクさん、100歳まで生きるぜ、の捨て台詞。

10キロのダイエットが功を奏して、その明るい笑顔には、100歳の希望が光った。

 

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自分のやりたいことができないで、歯がゆい思いをしている青年がいる、と聞いた。

気持ちはよくわかる。私も若い頃そういう経験をした。職業が何であれ、立場がどうであれ、誰もみなそういう経験をするものだ。仕事仕事で毎日が明け暮れ、いつの間にか40歳に近づいたころ、ふと考えると、自分の考えていることとまるで違う方向に進んでいることに気付き、唖然としたことがあった。何をしているんだ、いつまでもこんなことをしている場合ではないぞ、と自分を叱ったところでどうすることもできないのだ。

今思うと、そういうその時の無駄と思われることこそ大切な経験だったのだ。

人は様々な経験をしながら一つひとつ年をとっていくもの。それは何一つ無駄なことはない。かなり年をとってからそれがわかる。人生が楽しいと思えるようになるのは、定年退職後ということかもしれない。それまではただガムシャラニ進むしかないのだ。

それが人間の人生。誰もみな同じ。職業や環境の違いによって、ただ違うように見えるだけだ。現在与えられていることに心を集中して過ごしていれば、自ずと答えは出る。

 

緑が美しい。この地に移住してくるまで、そんなことを思ったこともなかった。

県道235号の通勤道路に、大好きな白いサクラが咲いた。何故かこの桜に心が惹かれる。まあ、歳をとったということかもしれない。

 
 

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五月(さつき)は旧暦・陰暦の呼称で、現在の6月のことを指している。
その月はちょうど梅雨の時期にあたることから、「五月晴れ」とは「梅雨の合間の晴れ」のことを意味しているが、今では「5月のすがすがしい晴れ」を指す言葉としても使われている。広辞苑にも二番目の意味として「5月の空の晴れわたること。また、その晴れわたったそら」と記載されている。
 
今日はまさに五月の晴れわたった空だった。昨日は寒く、強い雨が降ったので、なおさら今日の空は眩しいほど青かった。家の周りも、スウィートグラスも新緑の緑が美しく気持ちのいい朝だった。スウィートグラスではフォレスタ!という新しいイベントが開催されている。オシギッパの森の新緑を楽しんでもらおうという企画だが、まったくそれにぴったりの天気になった。私たちにもコーヒーがふるまわれ、しばし森の緑を楽しんだ。
 
 
 


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