北軽井沢 虹の街 爽やかな風

「最後は緑豊かな自然の中で心豊かに暮らしたい」という妻に従う形で移住生活を始めた場所は、活火山浅間山北麓に位置する標高1100mを超える厳寒の地。 北軽井沢スウィートグラスというキャンプ場で働きながら最後の人生を謳歌している。一人の老人が経験する出来事をそのまま書き記していきたい。

2018年04月

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オシギッパの森でフデリンドウを見つけた。フデリンドウのことは、春になると毎年書いているような気がする。高さは10センチもなく注視していないと見過ごしてしまうほど。青紫色の花は、茎の上部に1~10数個上向きにつける。花は日があたっている時だけ開き、曇空、雨天時は、筆先の形をした蕾状態になって閉じている。家人が一輪挿しにさしている花は蕾だが、日に当てると開くのだろうか?私の家の近くでは群れを成して出てくる場所もある。たまに白い花を見つけることがあるが、幼い頃四つ葉のクローバーを探した思い出が頭をよぎる。ここではそれほどに白い花は珍しい。

可憐なこの小さな花は、はっとするような美しさがあり、一輪だけポツンと咲いている花を見ると、どこか寂しそうにも見えて、つい声をかけたくなる。

しばらくはフデリンドウを探す日が続く。私の春の楽しみの一つだ。

 

スウィートグラス、満点星屑キャビンの近くで土筆を発見した。仲間に土筆を食べた話をすると、誰もそんなものは食べないという。堅くて食べられないというが、私は家人の料理で何度も食べた経験がある。決して堅くはなかったが、今日は多勢に無勢、引っ込むしかなかった。悔しいので何とか仇を打ちたいと思っているが、まあ情緒のない奴らを相手にしても仕方ないと思いなおしているが・・・。

 
 

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4日ぶりの出勤は、なんだか懐かしいような感じがした(笑)

ゴールデンウイークに入っているので予想通り、テントサイトには色とりどりのテントの花が咲いていた。宿泊客は163組、ほぼ満員の盛況だ。心がウキウキするということは、そのまま体内の細胞が喜び健康に結びつく。これはいつもの私の勝手な方程式。

3日も仕事から離れると、やはり何かポカがある。ゴム手袋を忘れて素手でバーベキューグリルを掃除する羽目になり、ピアニストのような手も真っ黒で台無しになった(笑)

管理棟入口の天井にはツバメが巣を作っていた。その下を多くの人々が通っても全然気にすることなくせっせと働くツバメはかわいい。写真に撮り忘れたが今年初めてのキャンプファイヤーを作った。暑いので昼休憩にはソフトクリームも食べた。

いつの間にか私の好きな白い山桜が咲いていた。今年は何もかも2週間は早い。

昨日は浅間牧場へ行く前に玄関のガーデンアーチを仕上げたが、こういうのがあると何か玄関入口という感じができるものだ。家人はフデリンドウが咲いていたという。ここでは連休後に来る春本番が、今年は少し早めにやってきたようだ。

 
 

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通称浅間牧場と呼ばれている浅間家畜育成牧場は、1883年に皇族の北白川宮能久親王(きたしらかわのみや よしひさしんのう)が開設した放牧場が起源。1931年に経営者が県畜産連合会に替り、同年に県営化し、現名称となった。現在は春から秋にかけて県内の畜産農家から預かった育成牛約500頭、冬は約300頭を飼育する。

広さは約800万平方メートル。

 

浅間山周辺の観光振興に向け、県は新年度、長野原町北軽井沢の浅間家畜育成牧場の再整備に乗り出した。遊歩道の長さを4倍近くに延ばして場内を周遊できるようにするほか、新たな駐車場や売店を整備し、一般来場者が利用しやすいようにする。北軽井沢と都内を結ぶ高速バスの運行も開始して浅間山の噴火警戒レベルの引き上げで低迷する周辺の観光客を取り戻す。

県による地域拠点整備事業計画が内閣府の地方創生拠点整備交付金の対象に決まり、事業費は約1億5千万円。牧場入口付近から溶岩ドームの「天丸山」付近まで約1.8キロの遊歩道を、作業道に沿って南西方向に周回できるよう延ばし、計約6.5キロにする。延伸する遊歩道の周囲には防疫のための柵を設置する。牧場内の事務所近くには20台収容できる一般向け駐車場やソフトクリームなどを取り扱う売店を新たに設ける。2017年度までに一連の整備を終え、18年度から新しい遊歩道や駐車場、売店の活用を始める。

春から秋まで観光客が遊歩道の散策を楽しみ、冬には民間会社のスノーシューツアーを受け入れる。

 

北軽井沢周辺は、気象庁が15年6月、浅間山の噴火警戒レベルを最低の1(活火山であることを留意)からレベル2(火口周辺規制)に引き上げたのを機に、観光客の入り込みが低迷している。アクセス向上に、東急トランセ(東京)などが北軽井沢や長野県軽井沢町、草津温泉を回る形で運行し、東京・渋谷と結ぶ高速バスは16日に北軽井沢観光協会前で出発式が行われた。

 

今日は、完成した新遊歩道や施設のオープンセレモニーが行われ、私も行ってきた。

セレモニーの後に新遊歩道を歩いてきたが、春にスノーシューで吹雪の中を歩いたコースの先に新しい遊歩道が出来上がっていた。今日は雲一つない青空が眩しいほどで、絶好のトレッキング日和だった。広大な牧場の敷地から眺める浅間山は格別で小浅間は、丸くこんもりとして、まったく違う山のような形をしていた。遥か遠くには雪を冠った谷川岳が見え、浅間隠し山も草原の向こうに見えた。800ヘクタールは東京ドーム170個分の広さだというが、圧倒される広さに驚くばかりであった。浅間牧場もジオパークの拠点の一部で、私もガイドの資格が下りればガイドが可能となる場所。これからは何度も足を運ぶことになるかもしれない。



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先日、仕事仲間のある女性が「どうぞ、召し上がれ」と言って、こんにゃくを果汁で味付けしたフルーツこんにゃくをくれたが、「責任はもちませんから」と奇妙なことを言う。
「蒟蒻畑」という名のお菓子の袋を見ると「小さなお子様や高齢者の方は絶対に食べないでください」と書いてあるではないか。その女性はこちらを見てニタニタと笑っている。
「本品は弾力性があり、そしゃく力の弱い小さなお子様や高齢者の方はのどに詰まるおそれがあります」という注意書きを見ながら「私は高齢者じゃないから」と、食べてみた。
そういえば群馬県は蒟蒻の有名な産地だ。しかし、恥ずかしながら蒟蒻のこの字は知らなかった。生まれて初めてコンニャクを蒟蒻と書くことを知った。ただ蒟蒻とだけ書いたものは絶対に読めなかったと思っている。
今日は買い物日。ツルヤのコンニャク売り場でたくさんあるコンニャクを見たが、どの商品も「蒟蒻」の字は見当たらなかった。
グルコマンナンは、グルコースとマンノースが結びついた多糖類の総称で、こんにゃく芋に多く含まれるため、コンニャクマンナンともいう。水溶性植物繊維として知られ、食後の血糖値の急激な上昇を緩和したり、コレステロールを低下したりする働きがある。
私にはあまり関係ないが、高齢者の女性はこんなものがお好きなようで???
 

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休日ながら早く目が覚めた。ここで生活するとはじめは戸惑うことが多くあった。それは主に冬の生活の中にあるが、冬が終わり春が来るとまた一つの特徴がある。ここは何と言っても気温が低く、地面が凍るという特徴があるのだ。土の中が凍って地面の上のモノを押し上げる。これを凍み上がるといい。春になってその凍みが溶けるとしみが抜けたという。今年は暖かかったので凍みが抜けるのは例年よりも早かった。

我が家の薪スタンドはブロックの基礎を置いただけの上にあるため、場所によっては凍みによって傾いてしまうことがある。明らかに傾いた薪スタンドを治すためには薪をすべて移動して空にしなければならない。今日はプロパンガスの前にある比較的大きいスタンドの薪を移動して傾きを修正した、どうしても今日中に完成させる必要もなく、ただ黙々と薪を運んでいたが、やっているうちにだんだんと意欲が湧いてくる。一週間前に鶯の初鳴きを聴いたが、今ではあちこちであのホーホケキョの声が聞こえる。ピーピーと高い声でなくのはゴジュウカラ。これからは様々な小鳥たちが囀る季節だ。

午後から徒歩でホテル1130へ。道中で土筆やスミレの群生に出会う。穏やかな心で過ごすと、ストレスもない。自然の中で暮らす大きな特典である。



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