北軽井沢 虹の街 爽やかな風

「最後は緑豊かな自然の中で心豊かに暮らしたい」という妻に従う形で移住生活を始めた場所は、活火山浅間山北麓に位置する標高1100mを超える厳寒の地。 北軽井沢スウィートグラスというキャンプ場で働きながら最後の人生を謳歌している。一人の老人が経験する出来事をそのまま書き記していきたい。

カテゴリ: 無題

明日からヤフーブログの投稿ができなくなります。
12月までOKだと思っていました。
さてどうするか?
どのブログに移動してもブログタイトルは
今まで通り
北軽井沢 虹の街 爽やかな風 
よろしく!
アクセスは632300で終了となった。
長い間ありがとうございました。
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明日以降連絡のしようがありません。
ブログタイトルで検索してみてください、

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「老いと記憶」という本で今日のタイトルについて興味あることが記されている。
 
覚えることをやめるという話をすると、「それは老いに負けたような気がする。記憶力の衰えを何とかしたい」と言う人も多くいるが、年を取ると皮膚に皺が刻まれていくように、記憶力は悪くなっていく。
人の発達に関わる心理学領域の大家であるパステル博士は、人生の満足度を維持するためのライフマネジメントにおいて、選択(Selection)・最適化(Optimization)・補償(Compensation)の重要性を指摘している。頭文字をとってSOC理論と呼ぶ。
パステル博士はこの理論をわかりやすく説明するため、晩年になっても年齢による衰えを感じさせない演奏を行ったピアニスト、ルービンシュタインのインタビューを取り上げている。彼はピアノ演奏における年齢の影響を次の三つの方法によってマネジメントしていた。
1、     演奏のレパートリーを絞り(選択)
2、     それをこれまでより集中的に練習し(最適化)
3、     これまでよりも速い手の動きが求められる部分の前の演奏の速さを遅くすることで演奏にコントラストを生み出し、速い動きが求められる部分でのスピードの印象を高める(補償)
SOC理論は、年齢による衰えに逆らうのではなく、それを受け入れてどう対応するかを考える大きなヒントを与えてくれる。そして記憶の衰えをマネジメントするうえでも、SOC理論を当てはめることができる。
 
1、     覚えておく必要のある重要なことは記憶するのではなく(選択)
2、     メモや手帳などの記憶補助ツールによって正確に記録し(最適化)
3、     記憶力の低下を補い、物忘れに対処する(補償)
 
さらに言うと、記憶に頼らず記憶補助ツールを使用することができれば、場合によっては今まで以上にたくさんの情報を扱うことも可能になる。
 
この記憶補助ツールの代表は、様々な機能を内蔵しているスマートフォンだ。
スマートフォンを使いこなすことが年齢による記憶力の衰えをカバーしてくれることは明白である。
 
今日は秋空の下二人の孫たちと夏休み最後のキャンプファイヤーを準備した。
 



 

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今日は週一の買い物日。この日のために家人は連日悪戦苦闘しているらしい(笑)

予報は雨だったが出かけるときはまだ降っていなかった。曇り空、今にも降りそうな天気の中、やたらとパトカーや白バイが多い。中軽井沢の信号あたりにはたくさんの警官がいる。私はすぐにピンときた。今日は静養先の草津から上皇様が帰られる日だった。

 

いつも通られる道はわかっていた。帰路、たぶん11時頃に違いないと思い、車を走らせる。いつも立ち寄る郵便局をパスしていつもよりアクセルを強く踏み急いだ。

もしかすると、峰の茶屋から有料道路には入れないかもしれない。その時は峰の茶屋で待つしかない。しかし、有料道路は閉鎖されていなかった。料金所では6台くらいの白バイが待機していたが普通に通過できた。料金所のオジサンに聞くと六里ヶ原でお迎えできるという。もうすでに前方から来る車はいない。急いで六里ヶ原の駐車場に滑り込んだ。

間一髪、あと5分で来られるという。奇跡のような遭遇であった。

日の丸を受け取って最前列に出る。8年前草津で野菜売りをしたときは、黒塗りのセダンだったと記憶しているが、今日はマイクロバスの中央付近の窓を開けて皇后様はにこやかに手を振られた。その後ろには立ったまま手を振っていらっしゃる上皇様の姿があった。

マイクロバスはスピードを落としてゆっくりと走り去っていった。

一瞬の出来事だったが、爺はなぜか熱くこみ上げるものがあった。

上皇様は私と10歳違い。もしも一人なら両手をあげて万歳をしていただろう(笑)

家に帰り着く寸前にいきなり強い雨が降り始めた。何もかもラッキーな一日だった。

 
 
 

来月7日になると私は満76歳になるが、気が早い私は、早く80歳になりたいなどと思っているふしがある。そんなに急がなくても生きていればその時は来る。

私の父は81歳まで生きた。実は、私が父を超えることができるのは生きた年数だけだと思っているから、ということもあるのだ。

人間は不思議な生き物で、一人ひとり微妙に違っていて、元気な人もいれば病気がちな人もいる。同じ元気も、病気も人それぞれだが、70歳を超えるとその差が大きくなる。

遺伝のことも考えられるが、それぞれの日常生活が大きくかかわっていることは否めない。同じ年齢でも、すでに杖を突いてよたよた歩いている人もいれば、未だに30代の肺活量を持ち、ハモニカの練習に励んでいる人もいる。

私はといえば、元気で毎日まだ働いている。そしてどうやらこの歳なのに元気だということを自慢にしているふしがあり、そろそろそのボロも出始めてきたというのにそれを否定することに満足していた。しかし、物事は単純に考えるほうがいい。歳をとったらやはりそれらしいほうがいいに決まっている。何事も年相応に振舞うほうが気楽でもあり人生を楽に生きていける。だが、楽をすると老いのスピードが増すような気がしてならない。

爺の考えは揺れ動いてやまないのである。

今日は家で自室の整理などをしながら、ぷらぷらと過ごした。

気が付けば今日は写真を一枚も撮っていない。こういう日もある。

 
 

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今日は何を考えていたのか、iPhoneを忘れて出かけた。

気付いたのはもうスウィートグラスの駐車場だった。現役時代だったら、もう何をさておいても取りに帰るところだが、誰からも電話などかかってこない現在では、ただ写真が撮れないくらいのことだ。考えてみれば呑気な生活に違いない。

 

私は週5日働いているが、先週から一日だけ午後2時まで勤務となっている。

今日はその2時まで勤務の日。職場で昼食を済ませて温泉へ行くことにしていた。

食事が済むと同僚のタケさんにソフトクリームを誘われた。

元気な長寿の高齢者が好むおやつの人気ナンバーワンがソフトクリームだと知ったからではないが、ソフトクリームは午後からのスタミナ源。

そこにやって来た大学生のアルバイトのリクエストでスリーショット!

iPhoneを忘れてしまったが彼女とはラインで結ばれていて、映像はすぐに手に入る。

こういう時は便利がいい。まったく、呑気な生活だ。

 
 
 

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